漫画家のつげ義春が、3月3日に誤嚥性肺炎のため東京都内の病院で亡くなった。88歳だった。遺族や関係者からの情報として、この訃報が広く伝えられている。
つげ義春は1937年生まれ。10代の頃から貸本漫画の世界でキャリアをスタートさせ、1960年代後半から70年代にかけて「ガロ」誌上で次々と問題作を発表した。夢と現実が溶け合うような独特の世界観と、不条理な物語構造で、漫画という表現の可能性を大きく押し広げた作家だ。
代表作は多岐にわたるが、なかでも1968年発表の「ねじ式」は特別な位置を占める。夢日記をもとに描かれたとされるこの作品は、脈絡のない場面転換と不安を煽るビジュアルで、読む者を強烈な既視感と違和感の狭間に引き込む。発表から半世紀以上が経った今もなお、「日本漫画史上もっとも難解かつ重要な作品のひとつ」として語り継がれている。
また「無能の人」は、社会に適応できない男の日常をユーモアと哀愁を交えて描いた作品で、1985年には竹中直人監督・主演で映画化もされた。こちらはつげの自伝的要素が色濃く、彼の内面世界を知るうえでも重要な一冊だ。「ゲンセンカン主人」をはじめとする旅情漫画の数々も、昭和の鄙びた風景と人間の孤独を詩情豊かに描き出し、根強いファンを持つ。
つげ作品の影響力は漫画の枠を超え、文学、映画、美術など幅広い分野のクリエイターたちに多大なインスピレーションを与えてきた。村上春樹や大江健三郎といった文学者も彼の作品を高く評価しており、海外でも「Yoshiharu Tsuge」として知られる存在だ。その作風は「つげ的」という形容詞を生み出すほど独自のものであり、後続の漫画家たちへの影響は計り知れない。
晩年は作品の発表こそ少なかったものの、その存在自体が日本の漫画文化における一つの基準点であり続けた。88年の生涯で残した作品群は、これからも読み継がれ、新たな世代の読者や作り手に影響を与え続けるはずだ。改めて、その偉大な功績に敬意を表したい。